長きにわたり上野の街に親しまれてきた上野ABABが、2024年6月に78年の歴史に幕を下ろしました。
閉店から数ヶ月、その跡地はいまどうなっているのでしょうか?
JR上野駅から徒歩3分という好立地にある上野ABAB跡地に何ができるのか、期待が高まっています。
この記事では上野ABABの現在の様子や閉店に至った理由、そして跡地活用の可能性について現地の写真とともにお伝えします。
記事のポイント
- ABAB上野の歴史と閉店の理由
- 上野ABAB閉店から数か月経った今の状況
- アメ横の現状や上野の再開発情報
- 上野ABAB跡地活用についての予想
上野ABAB閉店から数カ月後の様子を現地写真で紹介|跡地には何ができるのか
- 上野ABAB(アブアブ)とは
- 上野ABABの閉店日はいつ?
- 上野ABABの閉店理由
- 閉店から数カ月後の今の姿を写真で紹介
- 跡地には何ができるのか
上野ABAB(アブアブ)とは
上野ABABは1945年10月に赤札堂として上野で創業し、1970年にファッションビル「ABAB」に業態を変更した歴史ある商業施設でした。
「ABAB」という看板は、「アブアブ」とは読みにくく、初めて目にする方は「エービーエービー」と読んでしまうかもしれません。
この施設は地下1階から地上7階までの8フロアで構成されており、特に1990年代には高校生や大学生を中心に、渋谷109と並ぶ人気の女性ファッションビルとして知られていました。
当時のキャッチフレーズは「ハイ・ファッション、ロー・プライス」で、1990年代には「me Jane(ミジェーン)」や「LOVE BOAT(ラブボート)」などのギャル系ブランドが多く出店。
2000年代に入ると「ダイソー」や「ユニクロ」といった新しいテナントが入居し、時代の変化に応じて多様な店舗が揃うようになりました。
最盛期には全国に数十店舗を展開していましたが、閉店時には上野店が唯一の店舗となっていました。
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上野ABABの閉店日はいつ?
2024年6月30日午後6時、上野ABABは78年という長い歴史に幕を閉じました。
ネットのニュースや動画で見ましたが、最終日には関係者の方々が「ありがとうございました」と声をかけながらシャッターを下ろす様子に、多くの来店客から「ありがとう」「お疲れさま」という温かい声と盛大な拍手が送られていたようです。
閉店が発表されてから最終日までの期間には、感謝イベントや大規模なセールが開催され、長年の思い出を持つ多くの人々が訪れたとのことです。
また、ABABの地下1階にあった「赤札堂食品館」は、少し早く2023年5月末に営業を終えていたとのことです。
SNSなどの情報では、閉店セレモニーには遠方から駆けつけたファンの方々もいたそうで、上野ABABが長年にわたり地域に深く根ざした存在であったことを物語っていると感じました。
ネットのニュースや動画に映る人々の表情からも、ABABが多くの人に愛されていたことが伝わってきました。

中央通り:上野ABAB跡地前
上野ABABの閉店理由
上野ABABが閉店した主な理由は、公式発表によると「建物の老朽化対応並びに耐震措置等のため」とされています。
1945年から使用されていた建物は、継続的な維持が困難な状態に達していたようです。
確かに、ABAB上野の店内はトレンドファッションが販売されていましたが、建物自体には古さが感じられました。
また、ファストファッションやネット通販の台頭による売上減少、2020年からのコロナ禍による買い物客の減少なども、閉店の背景にあったと考えられます。
運営会社のアブアブ赤札堂は、今後スーパーマーケット「赤札堂」事業に注力していく方針を示しています。
ABAB UENO 営業終了のお知らせ
閉店から数カ月後の今の姿を写真で紹介
2025年3月現在、上野ABAB跡地は解体工事などは始まっておらず、建物はそのまま残されています。
かつて目印となっていた「ABAB」の看板は外され、閑散とした印象を与えています。
中央通りに面した好立地にありながら、人々が行き交う通りと対照的に、建物周辺には活気がなくなってしまった様子が見て取れます。
上野の街のシンボルの一つだったビルが姿を変えずに残っている姿は、少し寂しい光景です。

上野ABAB跡地:ABABの看板跡
跡地には何ができるのか
ABAB上野の跡地について、丸石隆行一級建築士事務所様のブログに詳しい情報がまとめられていました。
そちらの情報によると、ABAB上野の店長は「閉店後に建物を取り壊して新たに建て替える予定」だと語っていますが、2025年3月時点では具体的な計画はまだ発表されていません。
「しばらくお時間をいただきます」「どのような業態になるかはまだ決まっておりません」という回答にとどまっているようです。
上野駅から徒歩3分という絶好のロケーションを考慮すると、何らかの商業施設や複合施設が建設される可能性が高いでしょう。
ただし、現在の建設費高騰の影響で、計画が慎重に進められている可能性も考えられます。

上野4丁目交差点:上野ABAB跡地前
上野ABAB閉店による影響|跡地には何ができる?候補や周辺エリアの現状を写真で解説
- 上野ABABがあった場所
- 上野ABAB閉店による周辺エリアへの影響
- 東上野の再開発計画とアメ横エリアへの影響
- 上野ABABの跡地の候補
上野ABABがあった場所はどこ
上野ABABはJR上野駅から徒歩約3分という好立地にありました。
中央通りに面しており、上野恩賜公園や仲町通り商店街などの繁華街へのアクセスも良好です。
この立地の良さから、跡地の活用方法には多くの注目が集まっています。
上野駅周辺には「アトレ上野」「松坂屋上野店」「上野マルイ」「PARCO_ya上野」など多くの商業施設が立ち並ぶ一大商業地区であり、この一角を占めていた上野ABABの存在感は大きかったといえるでしょう。
上野ABAB閉店による周辺エリアへの影響
上野ABABの閉店は、長年親しまれてきた施設がなくなることで、地元の人々に大きな影響を与えています。
閉店日には多くの人々が集まり、「ありがとう」「お疲れさま」という声と拍手が沸き起こりました。
特に、手頃な価格で若者向けファッションを提供していたABABがなくなったことで、不便さを感じる人もいるのではないでしょうか。
一方で、現在の上野駅周辺は訪日外国人観光客が非常に多く、特にアメ横は外国人観光客で賑わっています。
この変化に合わせて、周辺エリアの商業施設も外国人観光客向けの店舗が増えつつあるようです。

アメ横入口:JR御徒町駅前
東上野の再開発計画とアメ横エリアへの影響
上野エリアでは「東上野4・5丁目地区の大規模再開発」が進行中です。
2024年3月に始動した「東上野四丁目A-1地区再開発」では、2030年代半ばを目標に、オフィス・商業・住宅を組み合わせた複合施設が建設される予定です。
この再開発は上野警察署を含む約1.0ヘクタールの敷地で計画されており、上野と浅草をつなぐ浅草通りの玄関口として、商業、文化、観光、防災機能などを備えた複合拠点を目指しています。
再開発エリアからは距離がありますが、アメ横やABAB上野跡地の周辺もこうした再開発の流れの中で影響を受ける可能性があります。
参考情報
東上野四・五丁目地区まちづくりについて
台東区公式HP:https://www.city.taito.lg.jp/kenchiku/machidukuri/chikumachizukuri/higasiueno.html
上野ABABの跡地の候補
上野ABAB跡地の具体的な活用計画は2025年3月現在、まだ明らかにされていません。
そこで、現時点で考えられる跡地の活用方法をいくつかご紹介します。
1:商業複合施設
これまでのファッションビルのイメージを受け継ぎつつ、時代のニーズに合わせた新しい商業施設として再出発する可能性があります。
2:観光客向け施設
増加する外国人観光客をターゲットにした、商業施設や宿泊施設としての活用も考えられます。
3:オフィス・住宅複合施設
周辺の再開発計画と連携し、オフィスと住宅を組み合わせた複合施設となる可能性もあります。

上野ABAB跡地前(2025年3月撮影)
ただし、近年の建設費高騰の影響により、これらの計画が見直される可能性も否定できません。
実際に中野サンプラザの再開発では、建設費の高騰を理由に当初の高層ビル1棟の計画から、2棟のツインタワー案に変更されるなど、計画変更が相次いでいます。
また、好立地にある東急プラザ銀座でさえ、開業からわずか10年で香港系ファンドに買収されるという事例も見られます。
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商業施設の過剰な供給による影響も考慮する必要があるでしょう。
上野ABAB跡地の今後については、具体的な発表時期も未定です。
上野の街が変化していく中で、この象徴的な場所がどのように生まれ変わるのか、今後の動向に注目が集まります。
上野ABABの跡地に何ができるか閉店後の様子について現地調査のまとめ
以下、記事のポイントをまとめます。
まとめ
- 上野ABABは1945年に「赤札堂」として開業し、1970年にファッションビルに生まれ変わった老舗商業施設
- 2024年6月30日の午後6時、惜しまれつつ閉店
- 1990年代には、渋谷109と並び称されるほどのティーン向け人気ファッションビルだった
- 建物の老朽化と耐震対策が、閉店の主な理由
- 2025年3月現在、跡地の解体工事は始まっておらず、建物はまだ残っている
- 運営会社は、今後はスーパーマーケット「赤札堂」事業に力を入れていく方針
- 跡地の具体的な活用計画は、まだ発表されていない
- 跡地の活用計画は、建設費高騰の影響で慎重に進められている可能性が高い